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神様の気まぐれなその御手に掬いあげられて

生き残るということ - 『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう/第6話』

いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう

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本筋の前にどうしても触れておきたい話がある。これがただのドラマ解説ブログであるならこんなことにわざわざ触れる必要はないしその方が利口だとも思う。でもここは思ったことを言葉にしたい場所なのでどうしても書く。以下の出来事について。

率直に言うと、心底腹が立った。内容を見れば日本介護福祉会の方は全面的にこの描写を否定しているわけではないのはわかる。でも、こうやって少しずつ色んなことが規制されていって最後には何が残るんだろう。ちょっとずつちょっとずつ、やれることが減っていって誰の心にも引っかからないテレビなんて見たくない。(もちろん今現在でそうじゃない番組はいくつもあります)ながら見なんてやめましょうよ、とか演出の一つ一つを気にして、とかそんなことは言わない。素直に楽しむべきだ。ただ、安易な想像で表現を潰さないでほしい。それくらい、僕はこのドラマが今の時代に必要だと思っています。

はい。では吐ききったところで第6話。第5話の衝撃のラストから第2章の幕開けです。約1時間をかけて今回は「変わってしまったものと変わらなかったもの」が丁寧に描かれていたなと思った。自分を含めおそらく多くの人が、あの純朴な練の大きな変化に驚いたのだけれど、もちろん5年という月日は練以外の人にも変化をもたらしていました。

まずは木穂子。事務仕事から本格的にデザイン関係の仕事に変わっていたり、服も見るからに高級品というわけではなく、かといって地味なわけでもなくお化粧も自然としている。おそらく以前のような、別人になるために着飾る、というところから本当の自分を着飾ることができるようになったのではないか。ただ、あの場所にワインとチーズとかを持ってくるあたりは変わらない木穂子らしさだなあと思いました。

朝陽。実は彼こそ変わらずにそこにいる人に見せかけて大きく変わった人でした。見た目や表面上の言葉遣い、音に対する一途さはまったく変わってません。音のネックレスに気づいたり、サプライズを計画したりと気の利き具合も健在です。ただ時折ふっと漏らす彼の言葉、「ま、駄目なときは駄目なもんだからね」「彼女の自己責任」などから、以前は何かが届くことを信じて疑わなかった、どうしようもないことに抗う気持ちを持っていた彼が"諦念"をどこか抱くようになっていたり。この5年彼を突き動かしていたものは唯一揺るがない音に対する気持ちと父親に対する承認欲求だったのではないだろうか。そしてそれが満たされた今何かが暴走していくような気がしてならない。

そして音。彼女も朝陽と生活を共にすることによって顕著に何かを諦めるということを少しずつ覚えている。ただ、彼女の場合それは"慣れ"と表現したほうがいいのかもしれないけれど。桃の缶詰は第5話における「棚の一番奥の方」を思わされる場所に移動している。洗濯機は家にあり仕事帰りにバスでコインランドリーに寄ることもない。おそらく今は電車で通勤しているのではないか。そして、何よりふと漏らす関西弁の数がぐっと減りました。第6話において、回想シーンを除いて彼女の関西弁は聴けていません。5年間共にいた朝陽との会話でも。ただ必要以上の贅沢を嫌ったりするのは変わってないんですね。あと、印象的だったのは介護士仲間と居酒屋を出て別れるシーン。「生き残れよー」って言葉はこの5年間で随分重みが変わったように思う。もちろん単にそれは介護士の世界でということもあるけれど、きっとそれだけではなくて、「生き残る」という言葉がぐっとリアルになったのだろう。

 

ここまでの変化の描写であることに気づいた。変化というのは人物の変化だけではない。恐らく坂本裕二は震災を直接描かずに震災を描こうとしているのではないだろうか。まあ今後「そのとき」が直接描かれる可能性も十分にあるのだけど今の段階でも、何かとてつもないことを経験してしまった後の世界が描ききれていると思う。どこか今までの意識ではいられない「諦め」を大なり小なり抱えているのではないだろうか。

そして、このドラマにおける二度目の再会シーン。絶妙だと思ったのは練のいる事務所を橋の向こうに位置させたこと。練にしても晴太にしても音にしても、あの世界に行くには橋を越えなければならないのにはきっと意味がある。そして橋を渡る途中の練が「見たら居る」のですよ!!!!!!!!ただ、二人の会話は完全に「宙に浮いた会話」になってしまい、引っ越し屋さんはもう不在のため「曽田さん」なんて距離のある名前になってしまい遂には初めて呼ばれる彼の名前もこんなタイミングになってしまう。もうこの一連のシーンはいたたまれなくて涙が出てしまい、2人の間にあるカウンターテーブルはとてつもなく大きな壁に見えてしまった。対面していても、もうその間を往き来できないかのように。

冒頭の満島ひかりにおける恋とは「お家もなくなって、お仕事もなくなって、どっこも行くとこなくなった人の帰るとこ。」であった。その失くした人とはやっぱり練だろう。でも音だって同じ状態になり得る危うい場所にいる。これからこの2人はどこに帰っていくのだろうか。