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神様の気まぐれなその御手に掬いあげられて

ときめきはファミレスから - 『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう/第1話』

いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう

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本当に素晴らしかった。ただただ手を上げて大きく拍手をして称えたい。個人的には本作と同じく脚本・坂元裕二による屈指の傑作『それでも、生きてゆく』に並ぶか、それをも超えてしまうのではないかと第1話を見て思わされた。いかにもスタイリッシュ気で爽やかで甘そうなカウントダウンから始まったものの、開始5分程度で涙を浮かべずにはいられなかった。単に男が女に壁をDONしたりAGOをクイしたりするドラマではありませんということがここで明白になる。

まず物語のプロットとして、「生きていくためにここを居場所に選んだ女性」と「ここに生きる居場所を見つけられない男性」が主役であることにとてもグッとくる。何より"ここ"というのは、一方で閉塞した地方でありもう一方では選択肢に溢れた都市であるということ。そんな二人が何をきっかけに邂逅するのかというと、一通の「手紙」なのだ。ニクい。何故かというと、これまでにも坂本作品の多くに「手紙」はとても重要な要素として登場するからである。『それでも、生きてゆく』では洋貴と双葉の間で届くことのなかった、しかし確かに通じ合っていた手紙として、『最高の離婚』では光生と結夏の通じ合えない想いを最後の最後で繋ぐ手紙として登場している。それが今回は、二人の出会いとして、これまたワードセンスの妙であるのだけど「つっかえ棒」としての役割を持って登場する。この時点で5億点をあげたいのだけど、5億点なんかでは済まされないような展開が終盤に残されていたのだ。

思い出している今も涙が出て仕方がないのだけど、ある人物によって読まれることになる手紙。ズルい。これはただただズルい。単に読み手がどうこうというだけでなく、坂本作品を追ってきた人にこそ、グッサリと刺さる手紙のその内容。表面上だけでなく、紛れもなくその主は小春でもあるのだもの。手紙のナレーションに合わせての過去の回想なんてありきたりっちゃありきたりだけど、台詞もなく語られる音の生い立ちには何か余白を想像させるだけの力がある。手紙の中には

「音が笑ってるとき、お母さんも笑ってる。音が走っているとき、お母さんも走ってる。」

とあった。幼い音は、じゃあ自分が悲しんだ時にはお母さんも悲しんでしまうと思ったのではないだろうか。だからこそ、あの手紙は彼女を今日まで支えるための「つっかえ棒」でもあったが、同時に自分の中の思いに蓋をして閉じ込めるための「つっかえ棒」でもあったはずだ。胸にある不満も、怒りも、恋心もつっかえ棒によって閉じ込められてきた。そんな音がダム建設が中止になった土地に住むという演出も本当によくできている。

しかし、坂本作品の中での「ファミリーレストラン」というのは一体何故にここまで魅力が詰まっているのだろうと見終わってからずっと考えていたのだけど、なんてことなかった。答えは「問題のあるレストラン」で明確に語られていた。

そう。これだ。人と人が正面を向いて話をするからじゃないか。洋貴が双葉に過去を話したのも、諒が過去を話したのもファミリーレストランだった。音と練の会話も何気ない会話なのだけど、実は何も知らない二人がお互いを知っていく最高にときめく瞬間が詰まっている。音の「気象観測部の保利くん」というディテールも後になってキく。そして、ただハンバーグをシェアして食べるというそれだけのことに、なんだろう!このとてつもなく愛おしくなってしまう感じは! この対面の会話こそが、つっかえ棒を外す一つのきっかけになっているのだろう。

と、まあ1話から言及してたらキリのないほど好きなポイントがいくつもある。他にもクリーニング店とか飴玉とか方言とかにも触れたいけれどここまで。逆に登場人物が増えて、舞台を東京に移した物語が一体これからどうなるのか。なんならメインの二人で話を進めて欲しいとすら思ってしまっているけど、他のメンバーも好きだし混ざってどんなシーンが見れるのかもひたすら楽しみだ。