anomeno

神様の気まぐれなその御手に掬いあげられて

2019.05.29

ここ最近のアルコ&ピースのD.C. GARAGEにおけるフリートーク、まじで面白すぎません?先週からのベッカム無職の流れから今週のシェフチェンコの流れで思わず笑ってしまった。「矢は〜」て。チョウチンアンコウは深海魚界では売れようとしてて嫌われる。誰も袖にネタ見に行かない、の流れもさいこう。仁義なきネタライブ、今年こそ行きたいなぁ。アルピー、うしろシティ、ハライチ、宮下草薙、キュウ、トムブラウンですよ。最高すぎません?

 

どうでもいい議論というのは人に活力を与える、と思う。それは無論仕事に関わらないことである。お昼ご飯休憩のときは同期とそんな議論が度々交わされる。具体的には、「銭湯に置いてあったら嬉しいマンガはなにか?」「やったことあるけどクリアしたことない人ばっかの64のゲームはなにか?」など。そう。男子校トークである。むちゃくちゃ活発な議論である。

同期の1人が、最近油絵を始めた。と話す。今日はピアノを習いたい。と言う。アートの渋滞である。油絵で何を描くのかという議論。1ヶ月に1枚、自分にとってのその1ヶ月を絵にするのだという。良いねそれ。おれは絵を描くなら前衛的であってほしいと伝えた。ありがちな絵だけは描いてほしくない、絵という概念に囚われないでほしいと。そこからその場で出た案は、ケンタッキーの骨を繋ぎ合わせて鳥の絵を描く、真っ黒に塗りつぶした会社を描いて、その上から油をぶっかけて燃やす、ピアノに絵の具を塗りたくって色が音だと言い張る、等。最後のはもはや表現である。でもまじめにそういうの良いなと思った。これはこう、みたいな概念ほどいらないものはない。