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神様の気まぐれなその御手に掬いあげられて

2022.11.09(富士山見れてうれしかった いなか者だからね)

 

俳人種田山頭火は言う。

「温泉はよい、ほんたうによい、ここは山もよし海もよし、出来ることなら滞在したいのだが、いや一生動きたくないのだが」

これは山頭火が九州の温泉を訪れた際に日記に書き残した言葉らしい。大して調べてないので話半分くらいで聞いてほしい。こんな当たり前なこと言ってて後世に語り継がれるんだなぁと思わなくもないがこの言葉に尽きる、とも思う。なぜなら静岡はサウナしきじで同じことを思ったからだ。

 

弊社はなぜかお盆休みが無い代わりに(人並みにあったような気もする)、11月初旬に10連休がある。せっかくの休みだし、という枕詞に続く言葉ランキング第一位はおそらく「旅行でも行こうか」になるのが人の性。昨年もその勢いで、急遽思い立って深夜バスに飛び乗り、金沢に行ったことを覚えている。その日は終日豪雨で身動きも取れず、行こうと思った店は軒並みやっていないわ、道中2本も傘を置き忘れるわで、悲しい旅行だったのを覚えている。それでも、なんてことない町のスーパー銭湯のことや、夕暮れ時に小さなオフィスから洩れる蛍光灯の光のことはしっかり憶えている。あれは見ようと思っても二度と見れない大切な景色だ。

今年はどうしよう、と思ってた矢先に職場の同僚とサウナしきじの話題になったのでせっかくだし行きましょうよ、ということになった。この同僚とはプライベートの話題はサウナのこと以外話したことはないし、会社の外で会ったこともない、二人の総会話時間で言えば2時間にも満たないような関係だ。でも、自分がおすすめしたサウナを数日後には訪れて報告してくれるような人だし、余計なことは気にせずスマホのカレンダーには赤字で"しきじ行く"と高揚した気持ちで書いた。

他の人も誘ってはいたけど、結局直前まで集まらず、最終的には2人きりで行くことになった。当日の朝になって1泊2日とはいえ本当に大丈夫だろうか。Switchとか持ってきた方が良かったんじゃ…と心配になったけどそんな心配は無用だった。話してみたらとても映画が好きな人で、大体見ている映画も一緒で、池袋のグランドシネマサンシャインは良いとか、佐々木インマイマインが一番好きだとか、そんな話をした。何より好きなもののために行動を惜しまない人だということが伝わってきて、良いなと思った。11月だというのに暑いくらいの昼の陽が窓から差す路線バスの中でそんな話をした時間をすごく覚えている。

路線バスの終点は登呂遺跡でそこからサウナしきじまで歩いた。登呂遺跡はなんにもなかった。当たり前のように書いていたけど、サウナしきじはサウナ好きにとっては聖地と称される施設で、とりわけ富士の地下水から汲み上げた天然水を使った水風呂はその水質の軟らかさから"胎児に還るかのよう"という危ない比喩が使われるほどの気持ちよさ。自分も4年前に一度行って、いたく感動して以来の訪問だった。平日のお昼過ぎだと言うのにそこそこ賑わっていた。休日は外並びが出るほどらしい。すぐに交換浴を3セットして視界が真っ白になった。水風呂に滝の要領で打ち付ける水飛沫の音が遠く頭の向こうで聞こえる。おまけにもう1セットしてその日は終了。同僚は5セット回していたらしい。

学校帰りの学生が数人いるバスに乗ってホテルに向かい、チェックインを済ませてから外に出た。静岡おでん横丁に入ると数軒の店が暖簾を出しているところで、そのなかでも出来るだけ敷居が低そうなお店を選んで入った。お店を営んでいる夫婦が常に会話しているところで、今日は国分太一がロケに来てた、写真を撮らせてもらえなかった、事務所はガタガタだけど大丈夫なのか、キムタクのパレードは騒ぎすぎてるとか、聞いてて笑みが溢れるほどの市井の会話が聞けた。そんな会話を横目に同僚の人となりの話を聞いた。笑って話していたけどなかなかにハードに生きていた人で、会社の人と飲みに行ってこういう話をすると大体引かれて終わると言っていた。そこから3軒くらい梯子した。まだ明るい頃から飲んでいたのに気付けば外は真っ暗で、薄手のコートでは寒さを感じるような時間になっていた。ホテルに戻って少しだけ部屋で飲み直した。映画以外にも、ラジオが好きなこととか、カレーが好きなこととか、ゲームが好きなこととか、聞けば聞くほど話したいことだらけだったし、いろいろ話した。お酒が入ってたこともあってか、なぜかジブリ映画の話になって高畑勲の『かぐや姫の物語』が如何に素晴らしいかみたいなことを自分がかなりの熱気で語っていた記憶が明け方思い起こされて恥ずかしくなったし、後悔した。

 

10時にチェックアウトしてホテルを出て、観光なんてなんのその、もう一度昨日と同じルートでサウナしきじに向かった。種田山頭火に従えば当然のこと。居座らなかっただけ良しとして欲しい。流石に早い時間というのもあってか、まだ人は少なくゆったり入れた。帰り際、しきじの看板を模したキーホルダーと施設の解説や図解が載っているオフィシャルブックを買って、名残惜しさを感じながら帰った。

お昼は鰻を食べる予定だったけど、狙ってたお店を訪ねるとお昼の営業を終了したところだった。少しだけ歩いたところにある別の店にギリギリ入れた。こじんまりした店だったけど、めちゃめちゃ美味しかった。14時閉店のところ自分たちが入ったのが13時40分くらいで、それだけでも良い店主だなぁと思っていたのに、14時過ぎに訪ねてきたお客さんも受け入れていて、ちょっと優しすぎるかぁと思った。

少しだけ長めに歩いて静岡駅まで戻った。歩いてる道中、見たことないドラッグストアとか100円ショップがあった。そういうのを見ながら歩くのが楽しい。歩きながら同僚と話していて、昨日の夜聞かれた質問とまったく同じ質問をいくつかされた。あぁ酔ってて完全に覚えてないんだ!ってことがわかった。だから自分が饒舌に映画の話をしたこととかも多分忘れられてる。それは良かったけど、なんかあの時間が無かったことになったみたいで少しだけ悲しくなった。おれはその人が藤本タツキの漫画のどこが好きかって楽しそうに話していたことを覚えてるし、栓抜きがないからホテルのドアの部分でビール瓶を開けながら笑ったことも覚えてる。でもまぁいいか、と思って何も言わずに同じことを答えて歩いた。

駅でお土産を買ったりして、新幹線に乗って帰った。夕方というには少しだけ早い時間の景色だった。富士山には雲がかかっていて綺麗に見えなかった。朝からサウナに入った心地よさからか、眠くて話してる合間にかなりうとうとしていた。新横浜に着いて、じゃあまた月曜日に。と言ってホームで別れた。電車を乗り換えて帰るその道は、いつもと同じなのに少し違うように見えた。月が綺麗だったその次の日も自分には同じくらい綺麗に見えた。種田山頭火は九州の温泉宿で、眼前に広がる景色を眺めながらここから一生動きたくないと思ったのかもしれないけれど、やっぱりそれはちょっとつまらないんじゃないのかとも思った。多分絶対、本人も言いながらそう思ってたでしょ。

 

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