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神様の気まぐれなその御手に掬いあげられて

2021.05.25(口の中の宇宙)

『◯◯さんは刀を抜くのは誰よりも速いですけど、別に無差別に斬ってるわけじゃないですよね』

別にこれはこの世のどこかで誰かが言ってそうな台詞とかではなく(カベポスター永見さん)、自分がある上司に言った言葉。とにかくその上司はルールに厳しく、そこからはみ出す人に容赦がない。きまりごとに対して厳しいのならいいのだけど、例えば資料の作り方やデータのまとめ方、数字の扱い、物事の進め方、どれをとっても論理や効率にのっとったマイルールから外れると徹底的に他人を詰めてそのルールに乗せるきらいがある。気の抜けたことを少しでも言うと詰められるし、だらしのない仕事ぶりを何より嫌う。そんな人なので下についた部下はことごとく離れていく。一年以上もったことがない。今年に入ってからも一人が部署を離れた。

誰かを攻撃してないと気が済まないんじゃない、とみんなが言った。まぁ確かににそう思われても仕方がない気もする。でも自分は知ってる。

数年前に何かのタイミングでその人と二人で仕事終わりに飲みに行った。もしかしたら最終的にその人と二人になった、かもしれない。そこはちょっと曖昧。その人の行きつけのスナックのような場所に連れられて行った。店にはその人の顔馴染みの常連が沢山いて楽しく喋ったりお酒を飲んだした記憶がある。そのうち、また一人の常連客が店に入ってきて先輩の隣に座った。たぶんその先輩と同い年くらいの男性だった。なかなか深い仲なのだろう、楽しそうに会話をしている。先輩を挟んで横にいる自分もたまに会話に入ったりした。

見逃さなかった。笑いながら会話をしているとき、その人の口の中に宇宙が見えた。一点の星もない吸い込まれそうな漆黒だった。その人の口の中には歯がほとんどなかった。人間ってわからないなって心底思った。だって余程だらしがない限りあんなに歯はなくならない。それでもあんなに会社で厳しい先輩はあの人と仲がいいのだ。そりゃ仕事とプライベートは別でしょ、って言ってしまえばそうなのだけど、そんなに人間割り切れるもんかな。

この人は良い人でこの人は悪い人って綺麗に分けられたらどんなに人間関係が楽だろうと思う。でも人間ってそんなに単純じゃないよなとも思う。むしろその気持ちのほうが圧倒的に強い。その先輩はカラオケに行くと槇原敬之の「遠く遠く」を必ず歌う。なんでその曲が好きなんだろう。まだ聞いたことはない。

そんな話をかいつまんで帰り際に後輩に話したら「結局そういうとこに行き着くんですよね。」と返された。え、伝わってる?