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神様の気まぐれなその御手に掬いあげられて

2020年ベストムービー30 [21〜30]

 「映画を観る」とはなんなのか。これほど考えた一年はなかったかもしれない。当たり前のように映画館に通って映画を観ることが特別に思えた一年は初めてだったかもしれない。

 パンデミックによってあらゆるものの必要性や優先度が変わった。守らなきゃいけないものに優先度が勝手につけられてしまった。優先度が低いものは少しずつ消えていった。その多くは映画であり音楽であり、広くは娯楽や芸術と呼ばれるものだった。
「TENET」や「鬼滅の刃」の効果で劇場に人は戻り、事態は回復したかのように見える。本当だろうか。
 マーベルの「ブラックウィドウ」に始まり、「007」「トップガン」と数多くのハリウッド配給の大作は公開が見送られて来年の劇場公開すらままならないことも予想される。映画の作り手たち、それにまつわる技術スタッフ、海外で生まれた映画を各国に配給することを仕事にしている人たちはどうなるだろう。映画館はもちろんのこと映画にまつわるあらゆる人が逼迫している。果たして1年後、2年後、あるいはもっと先に「映画」はあるだろうか。
くさす訳ではないけれど身のこなしが軽いディズニーは劇場公開予定だった「ムーラン」「ソウルフルワールド」を早々に配信のみで公開することを決めた。おそらく今後そういう動きが他でも多くあるだろう。無論、その恩恵もあるはず。では果たして「映画」とは「映画館」とはなんだったのか。

 暗い始まりになっちゃったけど、そんなことを頭の片隅に置きながら見る2020年の映画もとても楽しかった。例年にも増してあらゆる物事を多角的にフラットに見る機会が増えたと思う。きっとそのために自分は映画を観てるんだろうなぁと改めて自覚した。並べてみると自分の心のベストに残った映画のトップ10は10本中5本が女性監督だったことにも時代の変化を感じざるを得ない。では、いきましょう!

 

 

30. もう終わりにしよう

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恋人ジェイクとの関係を終わらせようと考えながらも、彼の実家を訪れることになった女性。雪が降りしきる中、2人は様々な内容の会話を交わしながらドライブを続け、ようやくジェイクの両親が暮らす農場にたどり着く。両親から歓迎される彼女だったが、異様なほどテンションの高い母親と認知症気味の父親の奇妙な振る舞いに戸惑いを隠しきれない。その後も彼らの周囲で、不可解な出来事が次々と起こり……。

ジェイクの部屋の中に「ビューティフルマインド」のDVDを見つけた時にああそういうことか。と気付けたけど、気付けたが最後辛くて辛くて仕方なかった。いやいや、そういうこと考えてこじらせたりすることってみんな一度はありませんか?ないですか?そうですか。と思って、もうやめてあげてください…。という気持ちでいっぱいになりました。
もちろんそういう視点を外してスリラーとして見ても面白かった。

 

 

29. 透明人間

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富豪の天才科学者エイドリアンに束縛される生活を送るセシリアは、ある夜、計画的に脱出を図る。悲しみに暮れるエイドリアンは手首を切って自殺し、莫大な財産の一部を彼女に残す。しかし、セシリアは彼の死を疑っていた。やがて彼女の周囲で不可解な出来事が次々と起こり、命まで脅かされるように。見えない何かに襲われていることを証明しようとするセシリアだったが……。

被害者のはずが加害者みたいに扱われたり、加害者のはずが被害者みたいに扱われたり、そんなことが往々にしてある。思い浮かぶことが山ほどある。
透明な悪意と透明なルール。本当に恐ろしいのは、今見ている画面を通してあなたも誰かにとっての透明人間になり得ますよ、というところだ。

同情の余地もないアイツとアイツは別にしても、暗に「お前は大人しくしておれに任せとけ。」的なスタンスだった彼すら最終的にはぐうの音も出ない力でねじ伏せてしまうところが、ちょっと他の作品と一線を画すというか突き抜けてると思った。そこからラストのあの表情、完璧でしょ。

序盤の"なにもない"を映すパン振りも、映画を弛緩させない魅力がある。

 

 

28. WAVES

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ある夜を境に幸せな日常を失った兄妹の姿を通し、青春の挫折、恋愛、親子問題、家族の絆といった普遍的なテーマを描く。フロリダで暮らす高校生タイラーは、成績優秀でレスリング部のスター選手、さらに美しい恋人もいる。厳格な父との間に距離を感じながらも、何不自由のない毎日を送っていた。しかし肩の負傷により大切な試合への出場を禁じられ、そこへ追い打ちをかけるように恋人の妊娠が判明。人生の歯車が狂い始めた彼は自分を見失い、やがて決定的な悲劇が起こる。1年後、心を閉ざした妹エミリーの前に、すべての事情を知りながらも彼女に好意を寄せるルークが現れる。

これだけ大ネタ的な2010年代インディーズ/ポップスミュージックが流れていながらまったく映画を阻害しないというか、映画に馴染んでいるのは驚き。今後の映画劇中音楽にかなり影響を与えそうだけど凡百の監督にマネできることでもない気がする。
画面比が変わるところとかはちょっと鼻につくというかあからさますぎというか。まぁそんなことはどうでもいいです。

自分はとにかくこの映画を"Toxic Masculinity"(有害な男らしさ)という観点から語りたいし、とにかくいろんな人と話し合いたい。
様々なマイノリティを描く作品が増えてきて、スタンダードになってきた中で、けっこう抜け落ちてたというか見過ごされてた観点だと思うんだよね。(語弊を恐れずいうなら見過ごされてもいいと思われていた、というか。)

でもここ最近では「ルース・エドガー」「はちどり」「呪怨:呪いの家」とそこに鋭く切り込んでいく作品が増えているように思う。なにも"男らしさ"に苦しめられているのは女性だけじゃない。という視点。
とにかくこの題材に向き合う時、自分はとても辛い。男性の中にある根源的な「力」とか「攻撃性」みたいな部分が自分の中にもきっとある、と思うとそれとどう向き合って行くべきなのか考えざるを得ない。それなのに一方では"男らしさ"を求められたり押し付けられたりもする。むう。苦しい。
だから自分はどんな凶行に走る人間だろうと、自分とは全く違う人間だと切り離すことはできないし、自分が100%そうならないなんて言い切ることはできない。感情移入できない、理解できないって見ない振りをしたらそもそも誰かに寄り添ったりすることなんてできないと思うから。

この映画は前半で男性性の苦しみと圧迫感が描きつつ、後半で視点を変え「赦し」の映画になっていくところが良い。ルーカス・ヘッジズの役所がかなりポイント。

終盤、ぐっと視点が広がるシークエンスで流れ出すのがRadioheadのTrue Love Waitsで思わず感情が溢れてしまった。

 

 

27. レ・ミゼラブル

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パリ郊外に位置するモンフェルメイユの警察署。地方出身のステファンが犯罪防止班に新しく加わることとなった。知的で自制心のあるステファンは、未成年に対して粗暴な言動をとる気性の荒いクリス、警官である自分の力を信じて疑わないグワダとともにパトロールを開始する。そんな中、ステファンたちは複数のグループが緊張関係にあることを察知するが、イッサという名の少年が引き起こした些細な出来事から、事態は取り返しのつかない大きな騒動へと発展してしまう。

中盤に2度繰り返される追いかけっこの緊迫感。ライオンが出てきただけで猛烈にかき立てられる嫌な予感。挿し込まれるドローンによる俯瞰ショットの持つ意味。

特筆すべきはすべて終わったかのように思えた夕方のそれぞれのひと時。彼らは一人として特別な悪人ではない。自分たちと同じひとだったんだ。
その後に迎えるラスト。良くも悪くも未来を決めるのは子供たちでしかない。果たして救いの扉は開くのか。その答えは現実のこの世界が進む先にあるはず。

 

 

26. ミッドサマー

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不慮の事故により家族を失ったダニーは、大学で民俗学を研究する恋人や友人たち5人でスウェーデンを訪れた。彼らの目的は奥地の村で開催される「90年に一度の祝祭」への参加だった。太陽が沈むことがないその村は、美しい花々が咲き誇り、やさしい住人たちが陽気に歌い踊る、楽園としか形容できない幸福な場のように思えた。しかし、そんな幸せな雰囲気に満ちた村に不穏な空気が漂い始め、妄想やトラウマ、不安、そして恐怖により、ダニーの心は次第にかき乱されていく。

冒頭と終盤で対になる「火」と「雪」の象徴、部屋に飾られる絵、鏡を使った断絶。
序盤に示されるあらゆるものから、すでに決まった悲劇的な結末に繋がることが予想される。『ヘレディタリー』には心底やられたもののその閉鎖的な物語にあまり惹かれなかった。しかし今作はほぼほぼ同じ枠組みでありながら物語が進むにつれて謎の開放感で満たされていく。ある場面から、もう自分はなにを観させられているのか、この映画がどこに向かっていくのかがまったくわからなくなってしまう。でもそれが心地いい。

そういう意味では「コントロール」の映画でもある。破綻した関係の上で自分の進む方向委ね続けるダニーとクリスチャン。それが後半にどのような形で変化していくのか。

ある側面から見ればこの物語は「ひとりじゃないよ。」と言ってあげるだけの映画なのだ。そのたった一言が自分を縛っていた鎖から解放してくれることってあるよね?その存在が必ずしも万人が正しいと言えるものじゃないことだって、あるよね?

ホラー描写は1、2カットくらい?ゴア描写は見た目でドン!が結構あるけど明るくて綺麗なので何故か見れてしまう。とにかく見ている間の感情の所在のなさこそがこの映画の恐怖のポイントだと思うので、明るいホラーなら大丈夫!と思って観に行った人はまったく違う角度からトラウマを植え付けられるはず。でもそれが大正解。最高の映画体験。

 

 

25. ハーレイ・クインの華麗なる逆襲 BIRDS OF PRAYS

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悪のカリスマ=ジョーカーと別れ、すべての束縛から解放されて覚醒したハーレイ・クイン。モラルのない天真爛漫な暴れっぷりで街中の悪党たちの恨みを買う彼女は、謎のダイヤを盗んだ少女カサンドラをめぐって、残忍でサイコな敵ブラックマスクと対立。その容赦のない戦いに向け、ハーレイはクセ者だらけの新たな最凶チームを結成する。

まぁ私たちちょっとずつ立場や思想は違ったりするけどさ、ひとまず見てる方向は一緒なんだから、力合わせてみない?そしたら誰にも負けないんじゃない?的な。そういうノリこそ今一番必要なことじゃないすか。

女性らしい戦い方?女性らしい強さ?そんなもん求めることが最初からお門違いだし、こんな奴等に正攻法で勝つ必要なんて微塵もない。大事なのは「私たちは連帯できる」という強さの主張なのだと思う。アクションの隙間でヘアゴムを貸したり、あの蹴り良かったね、なんて言葉を交わす瞬間が見れてむちゃくちゃ熱くなった。
シーンとしてのアクションの魅せ方としてはまだまだ緩いところもあると思うし今回の手法で次も、とは行かないだろうけど、この先のキャシー・ヤンの映画は絶対に見なければと確実に思わせるだけの一本ではある。

 

 

24. ワンダーウォール 劇場版

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京都の片隅にある学生寮・近衛寮。その寮は一見無秩序のようでありながら、そこに暮らす「変人」たちによる磨きぬかれた秩序が存在する場所だった。100年以上の歴史を持つこの寮に、老朽化による建て替えの議論が巻き起こる。新しく建て替えを希望する大学側と、補修しながら現在の建物を残したい寮側の意見は平行線をたどり、両者の間に壁が立ってしまう。そんな大学と寮を分ける壁の前に、1人の美しい女性が現れる。

そのとき恋がはじまった。のかと思った。けど勘違いだった。それでもこれはラブストーリーだ。

という独白で映画は幕を開ける。映画は立ち退きを命じられた大学寮生たちが大学側に抗議する物語であるため確かにそこに恋愛はない。しかしこれは紛れもなく"場所"に惹かれた者たちのラブストーリーなのだ。
描かれていることは「寮の立ち退き問題」ではああるが、無論テーマはそれに留まらない。住んでいる場所を勝手に奪われるということ、相手と対話ができないこと、反抗へのグラデーション(必ずしも全会一致の連帯は起きない)、テレビ放送は2018年であるがまさに先に挙げたテーマは2020年代の抱える問題そのもの。

モデルになった京大吉田寮問題が解決してない以上しかたない気もするけれど、欲を言えばこの映画なりの答えや意思をもうすこし感じたかった。無粋な気はするけれど。でも追加されたエピローグとあの演奏シーンにその意思はある気もする。

場所の映画であるから、とにかく場所を魅力的に撮ることが出来ている時点で勝利だ。とにかく手持ちカメラが寮内を動き回り、人物の背中を捉え続ける。
あとはとにかく食べ物を共有する映画だ。豚汁もカップラーメンもケバブサンドもお茶も、みんなひとつのものを誰かと食べる。

完全にミューズとして君臨する成海璃子の存在も抜群に良い。てかメインキャストみんな良い。

劇場で初見できたのはよかったけど、テレビ版を放送当時に録画したまま今の今までHDに眠らせていた自分をぶん殴ってやりたい。

 

 

23. 架空OL日記

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憂鬱な月曜日の朝、銀行員OLの“私”は、眠気に耐えながらもメイクし、家を出る。満員電車に揺られ、職場の最寄り駅で仲良しの同期マキと合流。職場社に着つくと、後輩のサエや入社8年目の小峰、10年目の酒木も加わり、いつものように更衣室で就業前のおしゃべりに花を咲かせ……。

映画とはなんなのか、と終わらない問いを繰り返す。それは秀逸な脚本によるものなのか、巧みな撮影・編集によるものなのか、役者による演技なのか。きっとその全部が不可分な関係で映画は出来上がって、見る人それぞれの物差しでもって価値が決まるのだろう。

ではこの『架空OL日記』は映画なのか。テレビに映るドラマと何が違うのか。その答えはたったひとつ。そんなものは愚問だ。ということ。エンドロールが流れるなかで自分が思ったのはそれだけだった。

人は誰かを想うことでしか生きていけないような気がする。それは誰かに向ける好意はもちろん、鬱憤をぶちまける陰口だってそうだろう。あらゆる形で誰かと繋がらなきゃこの社会に属せないんだもの。
生きてることに整合性なんてない。綺麗な伏線回収なんてない。おもしろおかしい物語の起伏だってきっとない。そんななんてことない日々を紡ぐことが如何に幸せなことか。それでも終盤に起きるささやかな「なんてことのなくないこと」を見ながら思わず涙が出てしまったよ。

本来自分とは関係のない人を描いて、自分との繋がりを作ることはきっと映画のひとつの強みだろう。だとすればこの映画は立派な映画なのだ。でもそんなことはもうどうでもいい。
理不尽なことなんていくらでも起きる世の中でこうして何気ない日々をサバイブしている人たちが無数にいる。自分だってそう。月曜日が少しでも明るくなるように。

 

 

22. 私をくいとめて

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何年も恋人がおらず、ひとりきりの暮らしにもすっかり慣れた31歳の黒田みつ子。そんな彼女が楽しく平和に生活できているのには、ある理由があった。彼女の脳内にはもう1人の自分である相談役「A」が存在し、人間関係や身の振り方に迷った際にはいつも正しい答えをくれるのだ。ある日、みつ子は取引先の若手営業マン・多田に恋心を抱く。かつてのように勇気を出せない自分に戸惑いながらも、一歩前へ踏み出すことを決意するみつ子だったが……。

食品サンプル、冷凍食品、クジラ、ワイン、果ては水滴、海。絶えず水分を連想させるキーワードが連なる。人は望んで誰かと恋をしていようが別のなにかを求めてしまうし、かといって一人でいたらやっぱり寂しい瞬間は訪れる。永遠に満たされない"渇き"と人は一体どうやって付き合っていくんだろう。"アラサーのこじらせ" と片付けられてしまうけれど、これってきっととても普遍的な人の生き方、他者との付き合い方の話だよ。イマジナリーフレンド、雪と車という点で「もう終わりにしよう」との接続性もちょっと感じたり。

そんなこんなで(世間的に大分される)アラサー未婚の自分もご多分にもれず、所々のシーンでは冷静さを欠いてしまうくらいにのめり込んでしまった。
特に旅館での吉住(THE W優勝後の公開というベストタイミング)にまつわるシーン、製氷機に辿り着くまでのシーン。胸がざわざわした。

やたらとブレるカメラや寒暖差を左右する照明、映画のテンションのようなかものはぐるぐる入れ替わる。それははっきり見ている側のテンションを阻害するし観ている側として気持ちのいいものではないけど、それはきっとみつ子の(もっと言えばわたしたちだってそう)感情なのだろうからなんとも言えない。きっと意図してやっていることだろうし。でもやたら足される効果音や露骨なコメディ描写は流石にちょっと好きにはなれないかも。これが大九さんの映画の撮り方なんだろうなあ。とはいえこんだけ痛いところを鋭く抉ってくる物語なのだからこういうバランスでもいいのかもしれないけど。うーん。

のん×橋本愛のシーン。特に二人がスケッチをとりながらする会話はヤバい。のんの口から「皐月はいいよね。好きなところに行けて。私はあの場所からずーっと動けないままだよ」なんて言葉が出るなんて、メタ的に見るとちょっとエモすぎる。それに対する橋本愛の返しも良い。

 

 

21. Mank

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社会を鋭く風刺するのが持ち味の脚本家・マンク(ゲイリー・オールドマン)は、アルコール依存症に苦しみながらも新たな脚本と格闘していた。それはオーソン・ウェルズが監督と主演などを務める新作映画『市民ケーン』の脚本だった。しかし彼の筆は思うように進まず、マンクは苦悩する。

あまりの情報の多さと予備知識なしには語れないストーリー運びにぶっちゃけ最初はなにがなんやらわからなかったのだけど、「映画を撮ることとは」みたいなことをまっすぐフィンチャーが語り出すかのようなシークエンスにはあまりに鮮烈でした。ここへ来て初めて『市民ケーン』を見たのでその時の感想がまさにこの映画にも通じるのでは、と思ったので引用して終わります。

"掴んだものは須く零れ落ちていく。永遠にパズルは完成しない。なぜなら最初からピースが足りていないのだから。"