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神様の気まぐれなその御手に掬いあげられて

行かないで、光よ - 『カルテット/第7話』

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音ちゃんが練に向けてレシートを読み上げた第7話(『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』)、烏森さんの「過去からは逃げてもいい。逃げ切れるなら」という言葉が光った第7話(『問題のあるレストラン』)、結夏が光生に読まれなかった手紙を書いた第7話(『最高の離婚』)、文哉の過去を描いた第7話(『それでも、生きてゆく』)、小春たちが信の残した手紙を読んだ第7話(『Woman』)…と振り返っただけでも実に濃厚な面子。満島ひかりをして

「大体7話くらいで坂元さんは、ちょっとねえ。7話くらいで展開させすぎちゃう。」

と言わしめる坂元裕二の第7話でしたがそんな並居る強豪を抑えて坂元裕二史上最強の第7話だったのではないでしょうか。特に今見直してみると、『最高の離婚』の第7話と『カルテット』の第7話は内容のリンクがかなりある。というか『最高の離婚』の純度の高さに驚く。前回の第6話の演出には多少苦言を呈したところもありますが、まさかの今回も演出は同じ方ということで一体何が起きているのでしょうか…。

 

まず冒頭からこれまでの「カルテット」のトーンが戻っていて安心です。有朱の落下、真紀と幹生の再会、別荘の内と外の往来が激しくなるにつれて物語全体がドライブしていく!この時の巻夫婦の死体(偽の)扱い方がまさにこの夫婦のあり方を示しているようで、こういう"点"の演出がいいんだよなあとやっぱり思ってしまう。真紀は「とりあえずここに置いたままには出来ないから、シュラフで死体を隠そう」という。対して幹生は「湖にしずめてしまおう」という。見ないフリ、気付かないフリを続けてきた彼らを表しているけど、その二つはなにか決定的に違うような。しかし、幹生の"落下"からの"沈める"といった行為は"巻き戻し"されてしまう。そう。この"巻き戻し"こそ第7話に通底するテーマでありましょう。「からあげにレモン」から「壊れた人間関係」などことあるごとに"不可逆"を描いてきたこの『カルテット』が巻き戻しによって何かを取り戻すことに挑戦している。話は少し逸れますが、時間軸がずれている説なんてものもあるんですね。知らなかった。検証まとめを見てみて、まあそんな見方もおもしろいなあと思ったけど、2%くらいしか信用してないっす。でもこの説がなかったら単なる演出ミスってことになるけどそれは目を瞑りましょう。

 

話を戻そう。そう。"巻き戻し"だ。"巻き戻し"を表すいくつもの演出が全体を貫いていた。例えば、ドラマ冒頭にいきなり主題歌「おとなの掟」が流れだす。他にはアクション映画ばりな運転を見せてくれた有朱がバックする姿なんてもう笑っちゃうくらいの巻き戻しだ。この巻き戻しがもたらしたものは何だろうか。それは、壊れたものが元に戻る、ということと、やはり壊れたものは元には戻らない、という相反する二つじゃないだろうか。脱ぎすてられた靴下とともにあのマンションの一室の時間は止まってしまった。そこに巻き戻ってきた夫婦が戻ってくる。再生スタートだ。おでんの鍋を挟んで向かい合い、それぞれの話をするさまは間違いなく家族だ。今日は赤ワイン(ここにも赤)は選ばずに面と向かう。しかし、巻き戻しても何も変わっていないことに一番気付いているのはあの二人だ。

「だって私はまだ、何も言われてないんだよ」

「直接言われたわけじゃないから」

「うん」

と言う真紀の待っていた言葉はなんだろうか。幹生の発する音は、真紀の耳が待っていた音なのだろうか。特にこの「うん」の声の絶妙さよ。これだけで涙がこぼれてしまう。その後の二人の告白はとてもありふれた場面のようでいて、めちゃくちゃ残酷なシーンだと思った。取り戻すも何も、巻き戻った先にそれはなかったのだ。自分の面白いと思うものを共有できなかった。それはそうだ。自分の面白いと思うものが同じように誰かの面白いものとは限らない。まさにこのドラマの描こうとしている本質だ。でもどうでしょう。あのバスローブを脱ぐやり取りをする二人の間には、あの二人にしか持ち得ない何かがあったはず。カルテットのメンバーはまさに欠点でつながっている。真紀と幹生にだってそうなる余地はあったかもしれない。噛み合わない、共有できない、その間にこそ別個の人間が生きていく意味が有るとそう思いませんか。さらなる巻き戻しのようにお互いの指輪を外す二人。バイオリンを弾く真紀が指輪を外すこととリンクする。彼女の「音楽」との暮らしがまたここから始まるのだろうか。

 

取り戻せたもの、は何だろう。それはすずめちゃんと真紀の関係、ひいてはカルテットの再生だ。第6話で誰もが天を仰いでしまったすずめちゃんと真紀の関係が決定的に壊れてしまうシーン。今回の巻き戻しにより、再びコンビニの前にて対面した二人。ただの願望ですがこのシーンがもしもファミレスで行われていたとしていたら僕は爆散していたでしょう。

「じゃあね。バイバイ。へえ…。へえー…。」

「夫婦が、夫婦が何だろう。」

「こっちだって同じシャンプー使ってるし。頭から同じにおいしてるけど?」

 

「行かないで」

第3話で、あの蕎麦屋さんで、真紀が繋いでくれた手を離すまいとすずめちゃんは握る。声だけでどこか胸の奥の方を刺激される満島ひかりの「行かないで」と「巻戻し」といったら思い浮かべるのはこれでしょう。


「私はここにいる」「家族がここにある」というすずめちゃんの叫びが宙に浮かぶ。その場では潰えてしまったこの願いも再び4人の食卓をもってよみがえる。ごはんのおかずになりえない(といわれがちな)二大巨頭、おでんとお好み焼きを囲んだ対比もさることながら、巻き戻しによって再生された4人は輝かしい。光はここにある。