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神様の気まぐれなその御手に掬いあげられて

どれも黄色のたかがえんぴつ - 『ヒメアノ〜ル』

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大げさでもなんでもなく文句なしの傑作だった。まずもって、あの物語を99分という尺で描き切るということに関しては、内容はどうであれ観る前から「イイネ!」と言わざるをえない。もちろんそのタイトな尺であれば、原作に忠実になんて作れるわけもないのだけど今作に関しては、その映画化にあたっての改変部分、特に物語の根幹の部分においての大きく改変された部分が個人的には素晴らしかったと思う。あとは役者陣も一切の隙もなく素晴らしい。なんだこの森田剛は。

 

原作からの改変部分の一つとして、「一切省かれた心理描写」がこのジメジメ鬱屈した物語を映画的に牽引している。原作では岡田くん、安藤さん、森田くんの心の内に溜めこまれた日常に対する不満や怒りがページいっぱいに文字になって広がるのだけど、この映画の中ではそれがない。おそらく最初のワンシーンだけ。だったと思う。その、内に溜めた思いは台詞として説明されるわけもなく、行間を読み取らせるわけでもなく、例えば役者の目の動きや表情のひとつで表してみせる。とりわけ森田剛演じる森田くんに関してはその一つ一つが震え上がるほどの恐ろしさ。なんたる。

あとは、物語の前半部がとにかく無音で、(劇中音楽という意味で)前半部分はいわばギャグ、ラブコメパートを担うから笑える箇所は結構あるんだけど、無音故のなんとな〜くのヤダみや危うさがそれをちょっとずつ阻む。それでも佐津川愛美のエロさ際立つラブシーンに向けてずんずん入り込んでいったところで急に。あれ。あ…。そうだ。これはこいつの映画だったんだ…と思い出させられる不意のタイトルバック。タイトルバックのタイミング最優秀賞なるものがこの世に存在するなら間違いなくこれ。ここで溜めに溜められた音楽とともに森田くんパートが加速していく。

 

森田くんの人物像について。吉田恵輔監督のインタビューを見るに、森田くんという人物像を映画化にあたり改変したことによって、数々の妙が生まれているのではないかと思った。


映画で描かれる森田くんは「正体不明の怪物」ではない。だからいろいろ考えたりはしない。この人を殺したらどうなる、とか証拠が残るかどうか、とかどこに逃げようか、とかなんで自分は殺人鬼になったのか、とかそんなことはいちいち考えない。気に入らないから殺そう、と思うし警察に見つかりそうになったら息を吐くように嘘をつく。その嘘の整合性なんてものはどうでもいい。だから怖い。もちろんそんなものはないという前提のもとで言うけども、犯罪者としてのカリスマ性なんてものは森田という男の中にはない。もう一度言うけど、だから怖い。だって、そんな奴が駅のホームを出てすぐそこに立っているかもしれないし、漫画喫茶の壁一枚隔てた隣にいるかもしれないから。というか、そんな事件のニュースが毎週のように飛び込んでくるじゃないですか。そして、そいつはあくまで普通の中から生まれる。ちょっとした運の悪さや環境の差で誰でもそうなり得るということを改めて知らしめることこそ今、映画「ヒメアノ〜ル」が公開されることの大義だろう。

 

物言わぬ演出として、以下の記事中の「窓」における考察が素晴らしい。

そう、この映画の始まりは「窓についた汚れを岡田くんが拭き取る」というシーンなのだ。蛇足を承知の上で付け加えるなら、この行為こそ「ヒメアノール=強者の餌となる弱者」ではないだろうか。原作の流れを汲み、この汚れをガムだと仮定して話を進めると、誰かの口の中で噛まれ吐き捨てられた味のないガムが、汚れひとつない窓の秩序を乱す存在となって現れ、その汚れを取り除く誰かが現れる。という流れが見える。世間にとって悪や害とみなされる存在もまた、かつては誰かに虐げられてきたものであり、それを拭き取るという行為もまたある種の捕食である。事実、物語の終盤で森田くんと対峙した岡田くんは、明確な殺意を持ってコード(あれの)で森田くんの首を絞めている。(思い出してみれば、最初のシーンで岡田くんも床に「汚れ」をつけている…)また、あれだけ躊躇なく人を殺める森田くんもチンピラにはしっかりとやられてお金も取られてしまう。ありがちな物言いになるけども、立場によって強者・弱者なんてものはくるくる入れ替わる。これはそういう映画である。

 

物語の途中、岡田くんが自分と森田くんの因縁を思い出すというシーンがある。自分も過去にいじめに加担し、彼を傷つけていたと気付くシーン。正直ここに関しては見ながら「そりゃねーだろ」っ思ってしまった。後からそんなに思いつめるなら、カフェで再会した時点で色々と思うこともあるだろうに!とちょっと怒りすら覚えたのだけど。

でもさ、そういうことってきっとある。入学したての教室で、たまたま名簿が近くて話したやつが今でも仲のいい友達です。あいつのことずっと忘れてないよ。なんてことそうそうない。(と思う)でもそれも立場によって変わるもので、あいつにとってはその瞬間が頭のどこかにこびりついてたんだなって思うと胸が痛い。としか言えない。

 

とりとめもなくなってきたのでそろそろ締めますが、そうそう。今作においての衣装はどうでしょう。森田くんはバッチリとしても岡田くんのハーフパンツ、パーカー、ベストっていうのは何だかいただけない。実際にオシャレかどうかは別として、岡田くんが洒落っ気を出してんじゃねえみたいな気持ちもある。ただ、パーカーに関しては森田くんもパーカー、フード付きのコートを着ていることが比較的多いこともあるし、大事な要素な気がしてならない。監督の前作「ばしゃ馬さんとビッグマウス」でも計算された衣装が目立っていたので何か意味があるはず。

 

好みの分かれる映画ではあるのかもしれないど、どちらに転ぼうが必見。個人的に、今後見る映画を相対的に測る基準がこの映画だとしたら、超えるものが現れるのかちょっと心配だ。